3-15-'99(Mon.)

素晴しき哉、横浜南税務署

 わたくし今日ほど、お上の懐の深さを思い知った日はございませんでした。いやぁ、素晴しいっ。まったくもって素晴しい。つい先日も旧税務署の付近で、新税務署の移転先を聞かれたりしたものですが、新署は市営の交通機関を乗り継いで、駅からも更にえっちらおっちら歩く所にございます。流石は搾取を専門とするお役所。閑古鳥鳴く地元交通機関への気配りも、きちんと行き届いておるのでございます。そんなお上のご配慮に気付かず、今日のわたくしは罰当たりにも、愛車へこくんとお出かけいたしました。

 着いたところがまた車、車で、凄い有様でございます。埋立地の広大な敷地に移転したものと思いきや、お上は市民の血税を無駄に使うことはないのです。この時期以外、来訪者が溢れ返るとは到底思えないような土地柄に、無駄な設備投資はしないのでありました。よって駐車場の空き待ちで延々続く長蛇の列に、午前中の到着にもかかわらず、今日中に提出できるのだろうかという不安が一瞬頭をよぎるも、ここでもお上は完璧でございました。近くにある「有料駐車場」へと誘導すべく、有難くも大きな矢印が着いているのでございます。

 おお、収益は惜しみなく地元の民と分かち合う、これが愛される横浜南税務署のお姿なのですね。下々の者には考えも及ばない斬新なご発想、感じ入った次第でございます。そればかりか建物の中でも、再び感動を憶えることになるのです。エレベーターは市民の健康への配慮から、わざと乗り口を分からなくしているのでございます。わたくしのように日頃座り仕事で、足腰の鍛練が行き届いていない納税者も多いこの地域。税務所詣での時くらいは、存分に足腰を使うが良かろうという、お上の有難い親心なのでございます。有難きは親の説教とお上の配慮。はい、階段で参りましょう。

 ところがどっこい。税務署アスレチックは、ここから始まるのでありました。署内スタンプラリー参加希望者には、わずか1枚の納税書類を提出するにも、5階建ての建物を縦横無尽に駆け回れる特権が与えられているのです。これもまた市民の血税を注ぎ込んだ最新鋭の設備を納税者が余すところなく見渡せるよう、お上の先見の明によって考え抜かれた、署内見学同時敢行型のコースなのでございます。

 運動部の頃ならばかような階段、2段飛ばしに軽やかに5階まで駆け上がって見せたものをっ、と遠い日に思いを馳せながら、上を下への構内ジョギングでございます。おお、これが噂に漏れ聞く「お役所仕事」なのですね。同じ座り仕事にありながら、ご自分の健康を二の次にしてまで、あくまでも納税者の健康を第一にお考えになる、尊い自己犠牲のお姿。流石はお上でございます。最終ゴール地点の納税カウンターなどは、まさに涙ものでございました。地域産業活性化のため進んで投入なさった電算機を、環境破壊を憂慮して電源をお入れにならないばかりか、ご自分の仕事量が増えることも一向に厭わず、手書きの書類をお作りになるのです。

  かようにわたくし本日は己の申告以外にも、納税の予定なども抱えておりました。納税するのですから個人商店に例えれば、言ってみれば私はお客。お上は店主ということに相成ります。あぁここでもお上は気高く、市民へのお手本を示されたのでした。すなわち、お金を頂く方には下世話なお愛想笑いを振りまくなどという、まことに小市民的な浅ましい態度はおくびにも出さず、終始一貫こちらが低姿勢で動かざるを得ない、実に毅然とした立派なご対応でございました。

 提出待ちの列も、また然り。「記入漏れのない人はカウンセリングの必要はありません」という、たった一言さえも敢えて言わずして、こちらから積極的に働きかけなければ、一向に要領を得ないよう配慮されているのでございます。やれ「指示待ち症候群」だ、「無気力・無感動」だのと呼ばれる、現代日本社会に巣食う受動的悪癖を、憎まれ役を買ってでも根底から撲滅させるべく努めるあたり、わたくし感動を禁じ得ませんでした。

 そしてお昼までには、すっかり用事が済むものと思っていたのが、わたくしの浅はかな素人考えでございました。お上にもお昼休みはあるのです。膨大な納税者の列もどこ吹く風の、天晴潔い中断ぶり。お上はここでも、食事は決まった時間に規則正しく摂取すべきという、人間としてあるべき姿のお手本を示されました。わずか今日一日にして、待つ事の大切さ、耐えることの尊さを身にしみて会得できる、貴重な機会を与えて頂きました。

 そして全ての予定が終了した頃は、すっかり日も傾いておりました。が、これもまたお上の小意気な配慮であったのかもしれません。平日は我が愛車、「へこベンツ2号」との細やかな時間も取り辛かろう。今日1日くらいは帰りの道で愛車とゆっくりするがいい。と、さりげなく夕方までお引き留め頂いて、来た道と同じ道を自宅へ戻る道すがら、へこくんとのおデートが往路の3倍もゆったり時間がとれるよう、お気に掛けて下さったのかもしれません。


ああ素晴しき哉、横浜南税務署っ。









ふっ。今日のところは、これくらいで勘弁してやろう。


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