9-6-2003(Sat.)

物語の中の料理

 本を読んでいて、文中に出てきた料理を無性に作ってみたくなるときがあります。明治屋でもらってきた小冊子に出ていたコラムも、そんな文章の1つでした。一緒にアリゾナ紀行にハマッていた友達に送ろうと思って、レジ横に積んであった小冊子をもらってきてから、早5年近く。とうとう渡せないままポツリと忘れ去られた存在が、再び目に留まったのは6月末あたりのことでした。

 アリゾナに自生する巨大柱サボテンの表紙写真に惹かれて手に取ったものですが、内容は輸入食材を手広く扱う明治屋さんらしく、食にまつわるお話や海外事情がいくつか掲載されています。明治、大正、昭和の頃のバックナンバーからの文章も少々載っていて、「ベーコン党ばんざい」というコラムが目を引きます。一度は読んだものですが、これが数年経ってもなぜか記憶に残る文章なんです。読み進めるうちに燻製肉に対する深い愛情と洞察に引き込まれ、世の中で一番美味しいものはハム・ベーコンなのではあるまいかと思ってしまう。折しもよくご一緒するカート仲間が、それぞれに心身共にカートに乗れる状態ではなかった時期でもありました。気晴らしにみんなでどこかへ出掛けようということになり、「ベーコン党ばんざい」が頭にこびりついていたわたくしが、真っ先に思い浮かんだのが「御殿場ハム」の存在でした。



 FISCOへ通い倒したことのある人なら、名前くらいはご存じでしょう。まだ東ゲートへ通じる道が関東ローム層むき出しの未舗装路だった頃から、インター出口付近に設けられたおびただしい看板の林の中に、古ぼけた「御殿場ハム」の看板もありました。調べてみると、こりが富士山を臨む御殿場盆地に外人租界があった頃、1人の外人宣教師が御殿場にハムの作り方を持ち込んだ、とあるのです。どこの記述を見てもなぜか「御殿場線がまだ東海道線だった頃」とありまして、日本最古のハムは鎌倉ハムだと思っていた私には、御殿場にも歴史ある手作りハムがあったことにひどく惹かれました。こちらも鎌倉ハム同様いくつか拠点があるようで、駅近くの製肉店は最近になってインター付近にも出店したのですね。

 場所的にも、全員にとって好都合。さっそく「憧れの手作りハム」を求めて、現地で合流。その場でスライスしてもらったハムと、焼きたてパンと新鮮野菜を抱えてのピクニックと相成りました。こりがまた良い日取りで、薄曇りの肌寒い日で行楽客の足が遠退いたこともあり、渋滞は皆無だし湖畔の一等地を悠々と占拠して、各自がハムと野菜を挟みながらゆったりのんびり出来ました。カワイらしいツバメのヒナにも遭遇できて大満足な1日でしたが、たった1つの心残りはベーコンを買わなかったこと。スライスしてもらっている間ちろっと試食してみましたが、こりが桜のチップのかほりが香ばしく、やや濃いめの塩加減がまさにあの「ベーコン賛歌」を彷彿とさせるものでした。あぁ、こりわぜひもう1回やらなくては。

 再びチャンスが巡ってきたのは、先週のFポン第7戦のときでした。御殿場、FISCO、緑豊かな広々としたインフィールドでのピクニックとくれば、あ〜た。こりが現コースの「the LAST DANCE」にふさわしいブランチであることは、聞くまでもなく満場一致で決定。ふわふわのフランスパンに挟んでトマトやレタスと一緒にほおばると、口一杯に広がる桜のチップの香ばしさは期待に違わぬ美味で、思わず頬が弛みます。ハムを挟むときはクロモリ&シロモリの塩胡椒で軽く味付け、ベーコンはバターも塩胡椒もせずに野菜と一緒にサンドして、我々の「ベーコン賛歌」はひとまず大成功。それぞれが醸し出す絶妙なコンビネーションはうっとりモノで、再びあの明治屋の「嗜好」という小冊子が頭に思い浮かび、そっとほくそ笑んだ至福のひとときでありました。



 かように、そのまま食しても美味しいベーコンですから、と〜ぜん「加熱調理したらさぞや・・・」という声も上がります。じつはわたくし、こりもやったことがあるのです。ベーコン・エッグに、ほうれん草ソテー、ポテト・ピザのトッピング、どれも絶品でございました。ベーコンから滴り落ちる脂が得も言われぬ芳しさで、思わず口蓋の火傷も厭わずに熱々をほおばりたい衝動に狩られます。でももっと素朴で、もっと感動したのは、これも物語の中からヒントを得た食べ方でした。

 スタインベックの短編にもベーコンが出てくるエッセイ風の文章がありまして、晩秋の早朝に通り掛かった、ある綿摘み農家のテントでの体験を描いた作品です。そりわ朝モヤの煙る見渡すかぎりの広大な大地を、踏み固められた田舎道を歩いているところから始まります。さよう、文字では「テント」と書いてあるのに、私の脳裏に浮かぶ情景は「Marlboro Country」のCFでした。野外にしつらえた赤錆びたストーブにオーブンを乗せ、朝のパンを焼きベーコンをあぶる若い母親。その描写が、カウボーイが朝モヤの中で焚火に薪をくべ、大きな鋳物の鍋のフタをパカッと開けると、そこには拳大に丸められた焼きたてのパンがギッシリふっくら詰まっていて、それだけのシーンなのにやけに温かく、やけに美味しそうなあのCFの映像とダブッてしまったのです。

 エッセイの中では、カリカリにローストしたベーコンの香りを若い農夫が「こりゃたまらねぇ」と言い、オーブンから取り出した焼きたてパンの香りには、よく似た風貌の年配の農夫が「こりゃたまらねぇ」と言いながら、ベーコンの脂をたっぷりかけてガツガツと食します。あ〜、なんて魅力的な設定なんでしょー。で、さっそく例のベーコンが手に入ったとき、やってみましたです。まずは焼きたてパンを買ってきて、ジュージューと滴り落ちる香ばしい脂をかけて、「こりゃたまらん」。それだけでは飽き足らず、パン生地を探し出してはいそいそ購入し、拳大に丸めてオーブンへ入れて待つこと20分。香り高いベーコンの脂をたっぷりかけた焼きたてパンは、お話の中の農夫同様「こりゃたまらん」としか言えまへん。



 日本の野外食といえば「お弁当文化」が盛んですが、欧米は材料だけ持参してその場で作る食事が主流なんですよね。わたくし家から持ってゆく食事なら、だんぜん紫の海苔がしっとり染みて、まろやかな塩味とのコンビネーションがうるわしい「おむすび派」なのですが、行楽のお供には食の準備で疲れない欧米型はひじょーにありがたい。冷めて美味しい、あるいは時間が経つと味がしっとり染み渡る、繊細な心配りがなされたお弁当は日本文化の傑作だと思いますが、冷めたご飯を持ち歩いたり、開けて食べるだけのお弁当というのは、世界を見渡すとけっこう珍しい習慣のようにも思います。なのでピットでの煮炊きも、驚きに価せず。こりからは、「ヨーロピアン・スタイルだ」と言い張らせて頂こう。

 そんなことも相まって、このところ作りながら食べるサンドイッチ・ピクニックがお気に入り。本気のハムやベーコンは秘かなマイブームとなり、ご近所や通りすがりの精肉店に「手作りハム」の字を見ると、心踊る日々になりました。

 さて、もう1つ。ベーコンにまつわる、やってみたい料理がございます。モーパッサンの小説だったか、敵軍の兵士が百姓家への寄宿を申し出て、ある夜「招かれざる客」になるシーンがございます。さりとてその村も、食べるに精一杯の農家が細々と寄り集まった、街まではかなり遠い小さな集落でありました。くだんの家にはニワトリ数羽と、痩せた土地を耕す老婆が1人だけ。食事を乞われて老婆が無言で作り始めたスープは、水を張った大鍋をストーブにかけて、バターとジャガイモを放り込み、ベーコンと塩で味付けしただけの代物です。老婆の貴重な全食料を注ぎ込んだ食事とはいえ、とてもゴージャスな夕餉と呼べるものではなく、「質素で何もない貧しい農村の食事」を描写したかったであろう1シーン。なのに、それがやけに魅力的な料理に感じて、「ははぁ、こりが文豪の魔術なのかしらん・・・」と見当違いな憧れに結び付け、これも後年まで印象に残る文章となりました。秋の行楽シーズン、冬の野外食にはぜひこりをやってみたいです。


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