11-9-2001(Fri.)

まぐろふたたび

 モノの例えとして「まぐろ」という言い方がある。ご年配の方なら、おうちでゴロゴロしている人を差すでしょう。でも私の中では「まぐろ」というと、どちらかというと「せっかちな人」のイメージだったのだな。

 たとえば渋滞にはまったとき、「腐っても王道」でじっと車線を変えない人と、ひたすら裏道・抜け道にトライして、そのためにたとえ距離が伸びようと、じつわ掛かった時間は長くなろうと、ちょっとでも進んでないとダメな人がいる。以前は後者のような人を「サメみたい」とお呼びしていたのだが、お人柄がサメと呼ぶには優しすぎる人には、「まぐろみたい」とお呼びしている。寝ないでいくらでも連続ドライブできちゃう人を「サメみたい」とお呼びすることもある。どちらも理由は「動いてないと死んでしまうから」という発想なのだけど、このごろのまぐろは回遊しないのもいるらしい。

 首都圏で回遊魚が手軽に観察できるところと言えば、まず真っ先に思い付くのが「葛西臨海水族館」でしょう。残念ながら私はまだ行ったことがないですが、沖合で巨大なドーナツ型のアクリル水槽を組み立てて、飼育は不可能だと思われていた回遊魚を集めたことで話題になったから、遠方の方も存在はご存じでしょう。ではサメやマグロをどう飼育しているのかというと、回遊魚というのは闇雲に寝ないで泳ぎ続けているわけではなく、潮の流れに向かって酸素を取り込む習性があるのだそうだ。つまり潮の流れに逆らうように、常に身体の方向を保っている。メダカや鮎なんかも清流で停っているように見えるときがあるけど、移動しないときはあれと同じようなことを海でやっているのですね。

 ところが人造の水槽では潮の流れがない。これがないと回遊魚の体内磁石は狂ってしまうのだそうで、水族館では人工的に水槽を「流れるプール」にしたそうだ。ただ1つ困ったことに、海では潮の流れが一定ということはないので、魚たちは四方八方の海水の動きを察知して、酸素を取り込む努力をする。それが人工のプールでは常に潮の流れが一定なので、あるとき「キハダマグロ」というまぐろの中でも頭のいい種類が、回遊するのをやめてしまったそうだ。数ヶ月もそんな生活をしているうちに、労せず酸素が取り込めることを学習してしまったのですね。

 これではいかんということで、定期的に水の流れを変えてみたり、なんとか回遊している姿を見せられるように改良したとのことだけど、まぐろにも要領のいいのがいるというのが何だかおかしくて、「まぐろはゴロゴロしているだけではないのになぁ」という発想が、「やっぱり怠惰な生き物なのかもしれない」と思ってしまった出来事でした。

【本日のマンハッタン乗り換え】
 久々に「ちっ、やられた」とゆータイトルのアルバムを発見。マンハッタン・トランスファーが数年ぶりに出した、「スピリット・オブ・セントルイス(サッチモに捧ぐ)」てCD。英題は「The Sprit of St.Louis〜tribute to Louis Armstrong」だそうで、こっちのがひねりが利いてて、いいタイトルだにゃぁ。

 日本にもリンドバーグというグループがいたけど、このくらいやって欲しかったじょ。もっとも私は「リンドバーグ」と聞くと、環八沿いの濃いぃ本屋さんを思い浮かべてしまうのだけど。どうでもいいけど、彼等が名前を頂戴したといわれる小説ともども、なんで日本語では「マンハッタン乗り換え駅」になってしまうんだろ。「駅」って単語は、どこから出てきたんでしょね。


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