11-22-2001(Thu.)

ハンコが高い人々


突然ですが、漢字の読み取りです。いくつ読めましたでしょか?

 「カンタンぢゃ〜ん」と思ったあなた、素晴らしい創造力をお持ちです。これらは当用漢字でわないのです。

 ビックラした吉田さん、お気持ちお察しいたします。確かこの字を習ったときは、大吉の「吉」と、「よしださん」の「よし」は違うんですよぉと教わった記憶がある。でも下の横棒が長いほうの字は、当用漢字ぢゃないんである。もそっと範囲を広げて「常用漢字」で検索したところで、無いものは無いんである。第一水準のコード表にすら入ってない。誰がどう決めたのか「当用漢字」なるものが出来てから、間違いが多そうな字や異体字の多い漢字は、カンタンに書けるものに統一された・・・ハズなのだが。まぁ、数百人分も人名があると、異体字が出るわ出るわ。

 さよう、これらの漢字は全て人名に使われていた字なのでした。とゆーことは、たぶん戸籍の原本にはこ〜ゆ〜字で登録されちゃっているんである。わたくし、そ〜ゆ〜方々を「ハンコが高い人々」とお呼びしているのだが、名刺にしろ名入れハガキにしろ、一々「作字」をしてもらわなくてはいけないから、その度に追加料金が加算されてしまうのである。ああ、気の毒。ただの旧漢字だったら、日常は新漢字を使って用を足してしまう人も多いことでしょう。でもこりが身分を証明するものになると、そうはいかない。最近は印鑑職人や活字工泣かせとゆ〜よりは、しがないデザイナーが日がな1日2ミリ角の文字たちと格闘して、泣いていたりもするのであった。で、ココ一両日でそんな異体字・旧漢字の作字に明け暮れて、作った文字たちの一部がこりなのでした。


上の段は、最もカンタンですね。

パーツが旧字体になってるだけで、読みも形も変わったところはありません。上が旧字、下が当用・常用漢字たち。


真ん中の段は、ちと手強いです。こり、ありそで無いのですよ。

旧字といえば旧字なのだが、活字ではありえない文字なのでした。したがって、パソコン・ワープロ関係でも打てまへん。

 これらはたぶん手書きの段階でごっちゃになっているのだけど、肉筆ではそりで通じても存在しない字もあるのですよ。それぞれ赤字が旧字・異体字で青字が当用・常用漢字ですが、「礼」に限って本来「禮」の古い字が「礼」らしい。えっ。最近よく見かけるので作り置きしているのは、「崎」の異体字。こり、「嵜」と同じことなんだろうけど、「大」の変わりに「立」になってる字は無いんだな。ほかの4つも、似たり寄ったり。「禮」は「示+豊」か「ネ+オツ」で、「ネ+豊」とゆ〜字は無いんである。「広」の旧字もそう。「まだれ+黄」と覚えていると、活字界では存在しない文字なのだな。「多」の旧字も同じく、「ヨ+タ」と覚えてしまうと、じつわ違う。「ユ+タ」に横棒が1本多いのが正解である。一方「隆」と「徳」は、ちと別格。

どちらも現行の当用漢字より横棒が1本多いのだけど、「うんたら徳用マッチ」みたいな、レトロかほる登録商標なんかではたまに見る。

 こりわ朝日の「朝」を右上のように書いているロゴもあるから、間違いとは言い切れないけど、現在日本で通用してる漢字でわないのだよんシリーズとでも言いましょうか。

さらに手強いのが、こり。「出たな、わたなべさんシリーズ」でございます。あ、全国のわたなべさん、ごめんなたいね。んでもこの仕事を始めて長いこと経つけど、私がこれまでに見た旧漢字・異体字シリーズで、最も誤字の発生率が高かったんだものぉ。

 なぜに誤字のトップかというと、日本人における「わたなべさんの含有率」が高いからに他なりませんが、また旧字が難しいのよね。うちのフラビオ師匠も1ダースほどいる「わたなべさん知り合い」のうちの1名なのですが、師匠のご実家もご他聞に漏れず戸籍に誤字があったのでした。フラビオ家の登録は「ナベさんシリーズ」の右上の文字だったのだが、この文字って世の中に存在しないのである。「しんにょう」はこの形で書くと、「、」は2つなくてはいけない。もしくは右下の子のように、コキッと1回クランク状に曲がらなくてはいかん。元々「、」は2つだったのが繋がってクランク状のカーブを形成しているので、胴体が真っ直ぐだったら「、」は2つなのである。あぁ、それなのに、それなのに。

 この間違いをしている表記のなんと多いことか。これだと、ただ「辺の旧字体」とお願いしても、ぜってー出てこない。「うちは正式には点々が1つなんだかんね」と粘ると、点々を取ってはくれるだろうが、そのままだとしんにょうのプロポーションが違うので、なんだかみっともない。そこで微調整が必要になってしまうのですね。わたくしフラビオ師匠に名刺やレターヘッドを頼まれる度に、「まぁたありやるのぉ?」と口答えしたものだ。もちろんお外ではスペシャル・オーダーが必要と知っての狼藉なので、完璧な確信犯ゆえに始末が悪い。だがしかし。ここで打ちひしがれたあなた、だいじょびです。ナベさんシリーズには、もっと手強い方々がいるのです。

 一般的に「辺」の旧字体は、上の図で言うと赤い文字の右側のほう、異体字が赤い文字の左側のほうってことになってるようですね。旧漢字では、「点々2つのしんにょう+自+穴かんむり+方」と書くやつ。異体字は「点々2つのしんにょう+自+アミガシラ+口」ってことになる。んがっ。わたくし戸籍上で最もバリエーションがある文字は、この字ではないかとふんでいる。「点々1つ」なんてカワイイもんですよ、あ〜た。「点々1コしんにょう+白+ワカンムリ+右」とか、「点々1コしんにょう+白+穴カンムリ+石」とか、「点々1コしんにょう+白+穴カンムリ+万」とか。

 これらの「私的異体字」とも言えるバリエーションは、ほとんどが戸籍登録する際の「書き損じの産物」なのだそうだ。言ってみれば、「やっちまった系の新漢字」。登記が筆書きだった時代には、ご先祖さまたちの達筆さに泣いた戸籍登録係も、さぞや多かったに違いない。いにしへの科挙の試験は悪筆だと即落第だったそうだが、それもなんだか分かる気がするなぁ。戸籍を届け出るほうも謄本を作るほうもこぞって間違えてたら、IDにならないものね。


 かくして時代は巡り、異体字も増える一方。いくらお上が「当用漢字」だの「常用漢字」だのと定めても、固有名詞はたとえそれがその家族しか使ってない「私的異体字=つまりただの書き間違え」であったとしても、公文書に「こりだものね」と記録されてしまえば、その後変更手続きをするまでず〜〜〜っと通用しちゃうのである。もしも「私的異体字」で登録が通ってしまって、後世まかり間違って正しい文字で戸籍謄本なんぞを取り寄せようとしたら、「文字が違いますね」なんて言われて、一々IDの照合に時間が掛かったりするのである。フラビオ家はまさにこのパターンだったそうだが、去年一大決心をして「フツーのわたなべさん」に更正したらしい。ふぅ、よしよし。

そんな旧字・異体字の作字の嵐で、こりわキング・オブ・キングであった。最も近い字はそれぞれ下段の青字なのだが、黒字のほうはなんと読むのかサッパリ分からん。どの字のつもりだったんだろ。

 我が家には異体字・旧字はおろか、通例の音訓読み以外にも漢音・呉音が併記され、どの時代に出来た文字かも逐一明記されている、草書の索引まで付いた厚さ十数センチの古〜い漢和辞典もあるのだが、意を決してそいつを引っ張りだしてみても載ってない。そもそも右の字は木へんはともかく、「つくり」のほうは存在しない文字である。フツー漢字といえば見たことない文字でも、パーツには共通のものがあったりする。それがどこにも属さない新しい形のパーツなのだから、やはりこの世に存在しない「私的異体字=ただの書き間違え」なんでしょね。原稿もこりだけはどうにも打ち出せなくて、手書き文字がFAXされてきたくらいだし。ま、中国4千年が無いったら、無いんだよね、きっと。

 さて、そんなこんなで視力と腕力と気力を使い果たしたココ一両日でしたが、作っているうちに突然こねくりまわしている文字がヘンな形に見えてしまうときがある。小学生の頃、漢字の書き取りを淡々とやっているうちに、ずっと書き続けている文字がヘンに見えることがありましたでしょ? ありが今でも襲って来るのよぅ。そ〜ゆ〜ときはどうするか。わたくし前出のナベさんシリーズのように、「あり??どっちが正しいんだっけ?」と迷ったときは、必殺「教科書体」とゆ〜書体に変換してみるのであった。なんたってお上推奨の書体だから、曖昧なスクリプトは許されず、ハネ・ハライ・トメなどを確認するのは大変便利。ところがどっこい、敵もさるものひっかくもの。お〜、こりわ素晴らしい♪と喜んだのも束の間であった。マシンにデフォルトで備わっている書体や、印刷機対応の書体では打てるのに、教科書体では打てない旧字・異体字もわんさかあるのだな。

 教科書体といえば、義務教育のお手本として配付される教科書に使っちゃう書体なのだからして、難解な第二水準や異体字が山ほどある旧漢字なんぞには、用がないのであった。あぁ、さすがはお上。曖昧なものには手を染めない、まことに天晴れな姿勢でございます。くぅ。みなさま頼むから、ご自分の苗字は慎重に登録してくらさいまし。おかげでわたくしの体力も相当使い果たしましたが、みなさまのハンコもこんな書き損じの数々でド高くなっておるのだよ。


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